BRAND VIEW | ローカル・ジャーナリズムの死

Written by YUKI

/ CFO

 

November 1, 2020

 

 

皆さん、こんにちは。

アメリカ大統領選の投票日が数日後に迫り、日本のテレビでもようやく頻繁にニュースが放送され始めました。

「バイデン氏とトランプ氏どちらが勝つのか」という予想は比較的多く報じられる一方、彼らの主義主張や今後の政策、そもそも日本人にはなじみが薄いアメリカの民主党・共和党の二大政党政治の仕組みについてなど、根本的なところを報じているメディアが少ないのが少々残念です。

国際情勢に関する日本人の関心の低さとマスコミの報道力の弱さは、ちょっと心配になってしまう今日この頃です。

 

さて、今日はそんなジャーナリズムに関するお話です。

 

つい先日、New York Times が彼らのラジオ番組 The Daily で非常に面白い話を取り上げました。

これは日本でも同様ですが、アメリカではもう何年もの間、オンライン・メディアの普及に伴い新聞の発行部数減少が続く中、とりわけ各地域に根差したローカルニュースを報じる地方紙の廃刊に歯止めがかからない状況です。そして、それに代わる存在としてブライアン・ティンポニという人物が率いるオンライン・メディアが台頭してきているというのです。

 

しかも驚くべきことに、このティンポニという謎の人物が所有するオンライン・メディアの数は既に1000を超えるといいます。

 

一体何が起こっているのでしょうか。

 

例えば、彼が所有するオンライン・メディアの一つに、Thumb Reporter というウェブサイトがあります。

The Thumbというのはアメリカのミシガン州にある地方の名前で、このThumb Reporterというのは、その地域の住民の関心が高いローカル・ニュースを中心に報じていることになっています。

このサイトを実際に訪れてみていただけると分かるのですが、サイトのデザインとしては非常にオーセンティックで、それこそまるで New York Times のようなしっかりとしたメディアのように見えます。

 

しかし、このサイトでいくつか実際に記事を開いて注意深く見てみると、いくつか重要な部分で普通のメディアとは異なる点があることに気づきます。

 

まず、一般的なメディアでは、その記事を書いたライターの名前が記事の冒頭か最後に明示されているのが一般的です。しかし、Thumb Reporter の記事はどれも ‘Metric Media Service’ という組織の名前が記され、ライターの名前は明示されていません。

 

また、一般的なメディアの多くはお金を支払って「購読」することでニュースを読むことができるのですが、Thumb Reporter には「購読」のオプションがありません。そればかりか、オンラインの広告も一切表示されていません。その代わりサイトの上部に Donate = 寄付 のボタンがあり、サイトの読者が任意でお金を寄付することができるようになっています。ここからは、一見このサイトはユーザーからの寄付金によって運営されているように見えます。

しかしながら、これはとても奇妙な運営方法と言わざるを得ません。確かに Wikipedia のようにユーザーの寄付によって運営されているサイトもないわけではないのですが、基本的にユーザーからの「寄付」によって営利団体であるニュースメディアの経営が成り立つというのはあり得ないからです。

 

つまり、この Thumb Reporter が一体誰によって運営され、誰が記事を書いていて、どうやって収益化を行っているのか、といった重要な情報が、サイト上からは全く分からないのです。そして、このようなメディアが既に1000以上、アメリカの他の地方にも存在しています。

 

彼らの正体は一体何なのでしょうか。

 

それは、「地方メディア」の見た目を装った、特定の政治団体等の利益になるニュースを流布させるためのプロパガンダ媒体である、という結論を The Daily は下しています。

 

いかにも中立なメディアのようなデザインに各地方の名前を冠したロゴを載せることで、読者の目には一見その地方ニュースを中立に伝えてくれる有用なメディアのように見えます。

しかし実体は、フリーランスのライターに書かせた質の低い記事によってユーザーのアクセスを稼ぐ傍ら、「寄付者」の利益になるような記事を量産し、それらをユーザーに読ませることを目的としているというのです。

 

何という恐ろしいことでしょうか。

 

私は、このようなメディア・グループが近い将来日本を含む他の地域でも台頭してくるのではないかと危惧しています。

 

新聞の発行部数減少と地方紙の廃刊は、アメリカだけでなく世界中で起こっている避けようのない長期的なトレンドです。New York Times や BBC のような世界中にオンラインの有料購読者を獲得できる一部の強力な媒体を除けば、殆どの新聞の購読者の数はこれからもどんどん減少し、各社はコストを削らざるを得なくなります。

 

当然、コスト削減によって以前のように稼ぐことができなくなった記者たちは、フリーのライターとして他のメディアで記事を書きたいと考えるようになります。そんなとき、もし金払いが良く、しかも自分の名前を出す必要がないという執筆依頼を大量にくれる雇用主が現れれば、どうでしょうか。内容の如何に関わらず書いてしまう記者は多いはずです。

 

また現在では、既存のブログのような仕組みを使い、SEOやソーシャルマーケティングを駆使して読者を獲得するのは正直なところ全く難しいことではありません。

そこにお金を出してくれる政治団体を1つか2つ見つけてしまえば…このティンポニの行っているビジネスモデルは、世界のどこでも展開しうるものです。

 

しかしながら、ここで展開されているビジネスは本来のジャーナリズムの姿とはかけ離れたものです。

中立を装って特定の人物や団体の利益のために読者を誘導するメディアが増えることは、社会全体にとってあまりにも大きなリスクです。

彼らが今の地方紙の立場にとって代わっていくことは、まさしくローカル・ジャーナリズムの死といえるでしょう。

 

皆さんも、今後もし見慣れない無料のニュース媒体を見かけたときは、ぜひその運営団体が何者なのか調べてみてください。そして媒体の実態が掴めない場合には、そのメディアの記事を信用しないことをお勧めします。

 

優れたジャーナリズムにはお金がかかります。そしてそのお金を支払うことを、私たちは惜しんではいけないのです。

 

いつか新聞という媒体が滅んだとしても、世界からジャーナリズムの灯を絶やさないために。

 

 

 

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