BRAND VIEW | なぜ我々は「駅伝」に熱狂するのか

Written by YUKI

/ CFO

 

January 2, 2021

 

 

皆さん、明けましておめでとうございます。

2020年を振り返ると、新型コロナウイルスを巡って嘗てないほどに様々な国が分断する中、一部のインターネットサービス等では逆に国際的な連帯が進んだ1年だったように思います。

ワクチンの摂取が進む中、果たして2021年はどんな年になるでしょうか。

 

さて、日本では未だ感染の拡大が続く中ですが、今年も箱根駅伝が高い人気を博しているようです。

史上初となった創価大学の往路優勝、東京国際のヴィンセント選手の圧倒的な区間新記録などニュースは絶えず、禁止されているにも関わらず沿道には人が詰めかけているとのことです。

 

そんな国民的スポーツ「駅伝」ですが、世界的に見れば超マイナースポーツに過ぎないこの競技に、なぜ人々や企業はこんなにも熱狂するのでしょうか。なぜ日本を代表する大学や企業達は、こんなにも熱心に駅伝チームの強化に力を入れるのでしょうか。今回はスポーツビジネスの観点から、駅伝について少し考えてみたいと思います。

 

まず5兆円とも言われる日本のスポーツ産業ですが、この市場を構成するおもな収益源は「チケット売上」「スポンサー料」「放映権料」「飲食/グッズ売上」の4種類です。そこに、非金銭的なメリットとしての「広告効果」が加味され、スポーツビジネスの全体像が形成されます。詰まるところ、スポーツビジネスを営む企業や団体は、この5つのメリットを組み合わせ、自分たちの利益が最大化されるように戦略を作ります。

 

例えばプロ野球を例にとって考えてみましょう。

福岡ソフトバンクホークスの売上は「球場に来たお客さんのチケット代」「球場やユニフォームに掲載される企業広告の売上」「テレビ局や配信サイトが試合の放送のために支払った放映権料」、「ファンが購入するグッズ・お弁当などの売上」から構成されます。

そこから球団の運営にかかる莫大なコスト(選手や職員の給料、球場の維持費、選手の育成費用など)を差し引いたものがソフトバンクにとっての金銭的な利益になる訳ですが、そこに更に球団経営にかかる広告効果(ソフトバンクの名前がニュースで報じられたり、選手を自社広告に起用したりすること)を加味した上で、ソフトバンクという会社にとってこの投資が理に適うかどうかを考えることになります。例えば、仮に球団経営で年間数億円の赤字が出たとしても、それを上回る広告効果が出ていれば良し、という判断も企業によってはあり得るわけです。 

 

では、これを「駅伝」に当てはめて考えてみましょう。

まず、「チケット売上」についてですが、駅伝という競技はお客さんにチケット代金を支払ってもらうのに非常に不向きなスポーツといえます。なぜならば、競技会場が公道である上に、選手が一瞬で応援スポットを通過してしまうためです。実際、5000円もチケット代を支払って道路に場所を取り、応援選手が0.2秒で通り過ぎてしまってでも行きたい、という方は殆どいないのではないでしょうか。従って、この収益はゼロです。

 

次に、「飲食/グッズの売上」というのも、チケットど同様の理由で得るのが難しいといえます。会場まで応援に駆けつける人が非常に限られている以上、そこに持っていくための飲食物やグッズを買いたいという需要が殆ど発生しないためです。従って、この収益も限りなくゼロに近いことになります。

 

では「放映権料」はどうでしょうか。ニューイヤー駅伝や箱根駅伝のような超高視聴率の番組であれば、放送するテレビ局から多額の放映権料を得られるように思います。実は、この部分に関しては非常に不透明、というのが実情です。例えば、毎年30%もの超高視聴率を誇る箱根駅伝においてテレビ局からいくらの放映権料が関東陸連に支払われ、それが各大学にいくらずつ分配されているのかというお金の流れは全く明らかにされていません。この点は、為末大さんや大迫傑さんをはじめとした、陸上界の有名選手たちからも度々疑問が呈されています。

従って正確に収益を測ることが不可能なのですが、仮に陸連が諸々の費用が差し引いた上で各参加チームに利益分配を行っていたとしても、ここからは年間数千万~数億円程度の収益が見込めそうです。

 

しかしながら、実際に駅伝を走る10人のレギュラー選手に加えてその後ろにいる大勢の補欠選手の育成費用、マネージャーや監督への給与、練習場の確保、遠征にかかる費用等々を考慮すると、とても年間数千万~数億円程度の収益では割に合うはずがありません。従って、企業や大学が「駅伝」という競技にことさら力を入れる理由は、「スポンサー料」、あるいは「広告効果」にあることになります。ではこの点はどうでしょうか。

 

結論を言ってしまうと、駅伝という競技の圧倒的な強みはこの点にあります。理由は「広告効果を得るための必要コストが低い」こと、そして「強いチームを作れなかったときのリスクが低い」ためです。それは一体どういうことなのか、順を追って解説します。

 

まず「強いチームを作るためのコストが低い」という点に関してですが、その根本的な理由は、駅伝が圧倒的なローカル競技であることにあります。

例えば、広告効果の高い「マラソン選手」と言われて、皆さんは誰を思い浮かべるでしょうか。恐らく、かつてシドニーオリンピックで金メダルをとった高橋尚子さんや、男子では現日本記録保持者の大迫傑選手など、少なくともオリンピック出場レベルの選手を思い浮かべた方が殆どだと思います。つまり、マラソンという競技において広告効果を得ようと思う場合、世界レベルの選手、少なくとも日本国内では1位のレベルの選手を育成することがマストだということです。それがどれだけ難しく、また大きな投資であるかは想像に難くないと思います。

ところが、駅伝においては世界レベルの選手を育成する必要は全くありません。例えば箱根駅伝であれば、関東の大学の中でトップ100位~以内の選手を10名揃えることができれば視聴率30%を誇る超人気番組に大学名を露出させることができる訳ですから、これは他の競技と比べた時には圧倒的な優位性と言えます。これは駅伝選手の素晴らしさや競技としての価値を貶めるものでは決してありませんが、端的に言ってしまえば、グローバルで勝負する必要が一切ない競技であるため、選手を育てたり揃えたりするのにかかるコストが低くて済むのです。

 

次に「強いチームを作れなかったときのリスクが低い」という点についても、これは駅伝特有の性質です。

例えば、ある企業が1人の強いマラソン選手を育て、その人が次の世界陸上に出場することになったとします。ユニフォームにはスポンサー企業のロゴをプリントし、いよいよ広告効果が得られる…かと思いきや、実はそんなに甘いものではありません。なぜなら、マラソンという競技においては、優勝争いをしているトップ集団しか殆どテレビに映らないのです。せっかく大金を投じて育てた選手が、後方の集団から抜け出せずにゴールしてしまった場合、殆どテレビに映らないまま放送が終わってしまうことになりかねません。

一方、駅伝の場合にはこの心配は全くと言っていいほどありません。なぜなら、我々観衆が駅伝に求めているものは必ずしも優勝やメダルだけではなく、敗者のドラマやチームワークでもあるからです。例えば箱根駅伝のケースであれば、来年のシード権をかけた10位争い、時間切れでタスキが次の走者に繋がらなかったときの涙、最下位を走る仲間に必死に声援を送る仲間たち、そういった優勝争いとは全く異質の様々なドラマが漏れなく放送されます。

これは大学側の観点に立つと、例え優勝争いができなかったとしても、出場さえすれば必ず一定の広告効果を見込むことができる、ということを意味します。これはあらゆる競技の中でも駅伝に特有のメリットということができます。

 

以上の理由を勘案すると、なぜ各有名企業や大学がこれほど熱心に「駅伝」というローカル競技にこれほどまでに熱狂し、力を入れているのか、お分かりいただけるのではないでしょうか。テレビ局や参加企業、大学、皆が一体になってこの競技を盛り上げ熱狂を作り上げることで、彼らは低リスクかつ低コストで大きなメリットを享受することができるのです。駅伝は、ただ面白いだけの競技ではなく、ビジネスの観点からも非常に優れたシステムであると言えると思います。

 

いかがだったでしょうか。

繰り返しになってしまいますが、ビジネスとして優れているということは、駅伝という競技や各選手の皆さんの実力・努力を貶めるものでは全くありません。

スポーツビジネスについて、少しでも皆さんが考えたり理解したりする一助になれば幸いです。

 

それでは!

 

 

 

 

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