BRAND VIEW | 民主的なマネー・ゲーム
Written by YUKI
/ CFO
February 13, 2021
皆さんこんにちは。
早速ですが、皆さんはこちらのニュースをご覧になりましたでしょうか。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-02-02/QNX1PGDWX2PT01
いまウォール街とインターネットの双方で大変な話題になっているこちらのニュースなのですが、少し難しいからか、日本のワイドショーなどではあまり報道されていないようです。
今回は、こちらのニュースについて少し解説をしつつ、サービスの「民主化」について考えてみたいと思います。
全てはRedditというオンラインのソーシャルサイトから始まりました。
日本ではあまり耳なじみのないサービスですが、アメリカでは人気のあるサービスで、日本の5ちゃんねるを綺麗にしたようなものだと思ってください。
その中に、WallStreemBetsと呼ばれる、金融専門のスレッドがあります。少ない金額でデイトレードをしている、若い素人投資家たちの集まりのようなもので、決してプロの投資家やトレーダーが参考にするようなものではありません。
彼らはRobinhood(ロビンフッド)と呼ばれる、手数料無料で小口の株式の売買ができる、振興のサービスを使って株の取引をしています。Robinhoodでは一般の人々がまるでゲームのような感覚で株取引を行うことが可能で、これまで非常に敷居が高かった株の取り引きを大衆化=民主化するサービスとして、近年大変な注目を集めてきました。
1月、WallStreetBetsのユーザーの1人が、GameStopという企業について紹介しました。
GameStopとは、ゲームソフトを販売しているアメリカの大手チェーンで、かつては大人気だったものの、オンラインゲームの隆盛とともに没落していった企業です。前回の記事で紹介したブロックバスターと同様、アメリカ人にとっては懐かしいお店でありながら、完全に時代に取り残されてしまった会社です。
そのユーザーはGameStopの株が市場でいかに過小評価されており、これから上昇するチャンスがあるかを熱弁します。そしてそれに同調した一部のRedditユーザーたちは、GameStopの株を買い始めました。
しかしながら、投資の専門家たち、特に一部大手のヘッジファンド達はここで全く逆の動きを見せます。
GameStopの株を大量に空売りし始めたのです。
簡単に言えば、株を買ったRedditユーザーたちはGameStop株が上がれば儲かり、株を売ったヘッジファンドたちは逆にGameStop株が下がれば儲かる、という真逆の立場に置かれたわけです。
ここで、Redditユーザーたちのトーンが完全に切り替わります。
もともとは「儲かるかもしれないから買ってみよう」程度に株を買ったはずの彼らが、「俺たちの方が正しいことを証明してやろう」と、団結してヘッジファンドに牙をむいたのです。そして、彼らはGameStopの株価をどこまで押し上げられるかを試すかのように、一斉に株を買い始めたのです。
もともと1株20ドルにも満たなかったGameStopの株価は1月15日には35ドル、20日には40ドル、26日には80ドルと信じられない速度で株価を上昇させ、その翌日にはなんと342ドルへと到達しました。
面白半分で投資したユーザーの一部は一晩のうちに億万長者へと成り上がり、反対に空売りを仕掛けた一部のヘッジファンドは数千億円規模の損失を出したと言われています。
ネット上では凄まじい熱狂が巻き起こる中の1月28日、Robinhoodは突如GameStop株の新規買付を停止します。ユーザーたちが株を買うことができなくなったため、当然のように株価は急落し始めます。当然のことながら、高値でGameStop株を購入した人々は大損を被ることになりました。
これに対しては「空売りをしていたヘッジファンドを守るためにRobinhoodが措置を講じたのだ」という説がまことしやかに囁かれ、Robinhoodは民衆からの大批判に曝されましたが、実際のところは取引があまりに急激に増加したために、会社の流動性が損なわれたことが原因だったようです。
2月5日現在、GameStop株の取引制限は解除されましたが、株価は58ドルほどで落ち着いています。
まさにウォール街の歴史に残る、嵐のような数週間だったと言えるでしょう。
さて、この一連の流れを読んでみて、皆さんはどのような感想をお持ちになったでしょうか。
馬鹿馬鹿しいと思った方もいたかもしれませんが、実際にこの一連の出来事が起きていたとき、世間の人々の多くは、巨大なヘッジファンドに立ち向かい、彼らを破産寸前にまで追い込んだ「一般の投資家」たちの快進撃を、興奮と熱狂の目でみつめていました。
多くの人々が彼らをまるで物語のヒーロー「ロビンフッド」さながら彼らを正義の味方に見立てて応援していたからこそ、Robinhoodの取引制限によって株価が急落した時には、制限を課したRobinhoodや、それによって救済された形になったヘッジファンドたちが叩かれる構図になったわけです。
さて、全ての出来事が過ぎ去った今、ここで冷静に1つ考えてみたい論点があります。
それはRobinhoodが主導してきた「金融の民主化」というのは、果たして正義の運動だろうか、ということです。
確かに、大金を持たない一般の民衆が、巨大な富と圧倒的な情報を保有するヘッジファンドを叩きのめし、一晩のうちに億万長者へと成りあがっていくストーリーは一見すると気持ちのいいものです。
しかしながら、最終的にGameStopについた500ドル近い株価には何の正当性や裏付けもなく、そこまで株を買い続けたユーザーたちの行動は完全なる投機、度を超えた火遊びでした。そして人々をこの投機行動へと駆り立てたのは、紛れもなく金融の民主化だったと言えるでしょう。
金融の民主化、と聞いて皆さんが思い出す言葉はないでしょうか。
そう、2008年のリーマンショックを招いたサブプライムローンです。
普通であれば一般人の手が届かない高価な不動産へのアクセスを可能にし、人々を理解していない投機行動へと駆り立てたあのサブプライムローンも、機能しているうちはまさに「民主的な」商品でした。
Robinhoodがサブプライムローンと同じレベルの社会的危険性を孕んでいるという気は毛頭ありませんが「素人の投機行動を容易にするシステム」という意味では両者は同じ性質を持っています。
にも拘らず「金融を民主化した」という一点をもってRobinhoodが手放しに称賛されるべきか、という点に私は大きな疑問を抱くのです。
今回の一件が示すように、サービスを「民主化する」ということは、その行動の意味や危険性を理解していない人たちにも門戸を開くことを意味します。
実際、今回訳も分からないままお祭り気分で500ドル近辺でGameStop株を買った一般人たちは、瞬く間に購入金額の9割近いお金を失うことになりました。
日常で民主主義の恩恵を沢山受けてきた私たちは、「民主化」と聞くとついつい素晴らしいことばかりを連想してしまうのですが、本当はそれは間違いです。複雑な金融商品のように、民衆の殆どが仕組みを理解できず、且つ社会的に大きな危険性を孕むものについては、素人が手を出すべきではないからです。
これは金融に限った話ではありませんが、私たちが何か新しいサービスに接するとき、いちユーザーとしては「自分で自分の行動の意味を理解できているか」、サービス提供者としては「このサービスを一般に提供することで大勢の人々の愚かな行動を助長しないか」と、時に一歩立ち止まって考えてみることは非常に大切なことです。
熱狂に多少乗り遅れてしまうことよりも、間違った熱狂に巻き込まれて大けがを負うことの方が遥かに大きなリスクだからです。
この一見バカバカしくも難解な大騒ぎは、そんな基本的なことを私たちに思い出させてくれた一件だったように思います。
それでは!
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