BRAND VIEW | 新時代のホームエンタテインメント戦争(2)

Written by YUKI

/ CFO

 

August 30, 2020

 

 

前回の記事では、このコロナ禍における任天堂の躍進は決して突発的なものではなく、過去から脈々と続く「ホームエンタテインメント化」の流れの中の必然的なできごとだというお話をしました。

今回は、各企業が今どのようにこの新時代のホームエンタテインメント戦争を戦っているのか、そしてこの戦いはどこへ向かっているのかについて所見を述べてみたいと思います。

まずは大前提として、この「戦争」が何を賭けた争いなのか、そして、それを勝ち取るために各社が奪い合う「兵器」は何なのか、について整理します。

ゲーム会社であれ、映画会社であれ、どのエンタメ企業も全て営利企業ですから、最終的にはどのプレイヤーも(長期的な)利益を最大化するために働いています。
では彼らの収益を生み出す原資は一体何でしょうか?

そう、皆さんの時間です。

そもそも「エンターテインメント」とは、消費者が余暇の時間を使って楽しむものです。したがって、全てのエンタメ企業にとって最も重要なのは、お客さんが自社のサービスを使ってどれだけの時間を過ごしてくれるか、というところにあります。
言い換えれば、全てのエンタメ企業は消費者の「余暇の時間」を奪い合い、それを様々な方法で換金することで利益を生み出していると言うことができます。
つまり「ホームエンタテインメント戦争」とは、消費者が家で過ごす時間が長期的に増え続けていくことに目をつけ、その時間を獲得せんと策を巡らす企業たちの戦いです。

そして、その消費者の時間を獲得するための最大の兵器こそが「コンテンツ」です。
ビル・ゲイツの格言「Content is King(コンテンツは王様だ)」が示す通り、お客さんが自分の時間を捧げたいと思うのは、企業イメージでもカリスマ経営者でも革新的な技術でもなく、コンテンツそのものなのです。
したがって、結果的に各企業は時にコンテンツそのものを買収したり、コンテンツを生み出せるアーティストを奪い合ったり、コンテンツを消費者に届けるためのインフラに大規模な投資を行ったりすることになるわけです。

この「戦争」の全容が見えてきましたでしょうか?

それでは、この理解に則って、最近の重要なエンタメニュースをいくつか取り上げてみたいと思います。



ムーラン配信リリースに世界の映画館が猛反発

https://theriver.jp/mulan-dplus-backlash/

先日、ウォルト・ディズニー社は最新作『ムーラン』を映画館で公開せず、自社の配信サービスであるDisney+ で独占配信することを発表しました。当然『ムーラン』による集客を見込んでいた世界中の映画館は猛反発していますが、ディズニーは最も重要なビジネスパートナーである映画館の怒りを買ってでも、この作品を限定配信コンテンツに加えることを選びました。



ディズニー動画配信トップ、TikTokのCEOに

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59274050Z10C20A5000000/

ディズニーの配信事業を率いてきたケヴィン・メイヤー氏が、動画配信アプリTikTokのCEOに就任しました(既に退任済み)。当然ですが今の米中関係を考慮に入れると、米国人のメイヤー氏が中国系企業であるTikTokに転職するということは大いなるリスクを伴います(実際にメイヤー氏はわずか2ヶ月で職を去ることになりました)。このニュースは、それを差し引いても魅力のあるオファーをTikTok側が提示したということを意味します。グローバルな動画配信事業を率いることができる経営人材の市場価値の高さが顕著に現れた例と言えるでしょう。



2020年 稼ぐ俳優ランキング

https://www.businessinsider.jp/post-218345

Forbesが毎年発表している「稼ぐ俳優ランキング」の2020年版には、NETFLIXと大型契約を結んだ俳優の名前がずらりと並びました。伝統的な映画メジャーと異なり過去のライブラリー作品を大量保有している訳ではないNETFLIXは、いま大量の資金をオリジナルコンテンツの拡充に投じています。彼らがクリエイターの囲い込みに投じている法外な金額が垣間見えた例と言えます。



ソニー “コロナ決算” の救世主は「ゲーム事業」

https://www.businessinsider.jp/post-217918

ソニーの決算は今の市況を見事に反映した決算となりました。エレクトロニクスや半導体などあらゆる主力事業が沈む中、ゲーム事業が大きく利益を伸ばし、全体の損失をカバーしました。一方、同グループのエンタメ事業である映画については大きく業績を落としています。
同グループ内の中でも、プレイステーションネットワークを生かしたホームエンターテインメント化を進めてきたゲーム事業と、独自の配信サービスを立ち上げてこなかった映画事業との差が浮き彫りになっています。



いかがでしょうか。
一見バラバラに起こっているように見えるこれらの出来事が、全て一連の大きな流れの中で起きていることがお分かりいただけると思います。

それでは最後に、この戦いはこれからどう展開していくのかについて、私見を述べたいと思います。

上記に述べた通り、この戦いを制するのは「最も多くの顧客の時間を獲得できた企業」であり、それを達成するために最も有効な兵器は「魅力的なコンテンツ」です。
短期的にはその時々の企業の勢いやテクノロジーの優劣が勝負を左右することになるでしょうが、中長期的にその差は次第に収束し、最後にはよりシンプルに地力=コンテンツの魅力の勝負になると私は予想します。
その観点から、私は既にタイムレスで魅力的なコンテンツ(IP)を大量に自社ライブラリとして保有しているディズニーや任天堂が最も有利な立場にあると考えます。

自社IPではないものの「そのサービスでしか見られないコンテンツが充実している」という点においてはYouTubeも有力ですが、これはコンテンツ製作者にとってより魅力的なサービスの出現によって(例えばTikTok)、立場を脅かされる可能性があります。

また、いまテクノロジーや勢いにおいて優位性があるNETFLIXなどの企業は、戦略的に「テクノロジーの優位性を保ち続ける」または「勢いがあるうちに独自コンテンツを拡充する」のどちらか、あるいはその両方を目指すことになります(NETFLIXは両方を目指しているように見えます)。これはもちろん成功する可能性もありますが、この規模のオリジナルコンテンツ製作を継続するためには常に大型の資金調達が必要となるため、その裏付けとなる「高い成長率」を維持し続けなければなりません。主要先進国におけるSVOD(サブスク型の動画配信)の普及率は既に半分を超え、必然的に成長の鈍化が予想される今後、今の勢いを維持できない可能性が高いと考えます。

もちろん上記に挙げた企業以外にも、5GやAR、VRなど新たなテクノロジーが普及する中で、それらにおける優位性を発揮できた企業が急激にシェアを伸ばす可能性は大いにあります。これは中期的には見逃せないファクターですが、最も予想が難しい部分でもあります。

さて、今から10年後、我々の余暇時間を最も支配している企業は一体どこでしょうか?

楽しみに、見守っていきましょう。

 

 

 

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