BRAND VIEW | 大ヒットは作れるか - 劇場版『鬼滅』を巡る考察
Written by YUKI
/ CFO
October 20, 2020
皆さんこんにちは。
今週も様々なニュースがありました。
先日お伝えしたアルメニアーアゼルバイジャンの紛争については先日ようやく停戦協定が結ばれホッとしたのも束の間、その直後に砲弾が撃ち込まれるなど戦闘が続き、お互いに停戦協定違反だと非難の応酬を続けるなど、予断を許さない状況が続いています。この禍根がこれからも未来に受け継がれていくと思うと、暗澹たる気持ちがします。
一方、今週は日本のエンターテインメント業界にとって非常にポジティブなニュースもありました。
『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』が、公開から3日間で46億円もの興行収入を上げ、映画の公開週末の売上として史上最高記録を樹立したことです。
長年エンターテインメント業界の動向については注視してきましたが、これは本当に一度たりとも見たことがない、掛け値なしの恐ろしい記録です。
気になって過去数年間の数字を元に統計的な分析をしてみたのですが、インディペンデント系を除く日米大手映画会社が配給する映画の平均興行収入(最終)はおよそ12億円、偏差値60(上位16%)でも33億円という結果でした。
これは即ち、大手映画会社の作品(いわゆる大作映画)のうち9割以上の作品の最終興行成績を、『鬼滅』はたった3日間で抜き去ってしまったということです。凄まじいという他ありません。
まだ最終成績を予想するのは難しいですが、もはや100億円の突破は確実、200億にどこまで迫り、超えていくかという勝負になるかと思います。ちなみに日本の歴代最高記録は『千と千尋の神隠し』の308億円です。
さて、この大ヒットの理由は一体何でしょうか?
レビューサイトや評論家の意見を見ると、様々な要因が挙げられています。
例えばTVアニメの人気、原作漫画の人気、アニメーションのクオリティの高さ、コロナ下における競合作品の少なさとそれに伴う上映回数の多さ、最近の映画館の営業自粛や新作公開の延期に伴う観客の飢餓感…などなどです。
個別の要因を挙げればキリがないので、今回はこれをマーケティング理論の観点から分解して考察してみたいと思います。
日本で最も著名なマーケターの1人、元USJの森岡毅さんの著書「確率思考の戦略論」によると、プロダクト(あるいはブランド)の成績を規定するのは1)認知、2)プリファレンス、3)配荷 の3要素です。
詳しい説明は割愛しますが、分かりやすく言うと
1)「認知」とはブランドやプロダクトの知名度
2)「プリファレンス」 = Preferenceとは好意度、つまり他の競合と比較したときにそのブランドやプロダクトが選ばれる確率の高さ
3)「配荷」とは実際の購入のしやすさ(実際に手に入る場所にそのプロダクトが置かれているかどうか)
をそれぞれ指します。
つまり、誰もが知っていて、誰もが大好きで、どこででも手に入るモノが最強ということですね。
当たり前といえば当たり前ですが、これは「言うは易し行うは難し」の典型で、マーケティングを学んだことがある人ならば、この奥深さがお分かりになると思います。
ちなみに、よく要素として挙げられる「価格」は、プリファレンスの構成要素の一部にすぎません。
安ければ安いほどプリファレンスが高まるもの(日用品など)もあれば、逆に高いプライシングによってプリファレンスが高まるもの(高級ブランドバッグなど)もあります。
映画の場合であれば鑑賞料金はほぼ一律なので、価格は競合作品間のプリファレンスに影響を与えないということになります。
では、先ほど紹介した『鬼滅』ヒットの個別要因をこれらの要素に当てはめてみましょう。
1)認知:漫画とアニメのヒットにより、元々抜群に高い
2)プリファレンス:アニメのクオリティの高さは事前に周知されていた、他の大作映画の公開延期により殆ど競合がいなかった
3)配荷:競合作品の殆どが公開延期になったため、上映回数やスクリーン数を最大限押さえられた(日本全国どの劇場でもどの時間でも観られる状態にあった)
いかがでしょうか。
更にプリファレンスに関して付け加えると、今回はコロナの影響で他の作品だけでなく本来競合になるべき他の娯楽(例えばコンサートや大規模イベントなど)が軒並み行われていないこともあり「映画館で『鬼滅』の映画を観る」という体験へのプリファレンスは、かつてどの映画作品も経験したことがないほどに高い状態にあったと考えられます。
今回のケースは、全ての面で完璧以上に大ヒットの条件が整っていたと言えるでしょう。
後だしジャンケンのようですが、この大ヒットは「必然」の産物だと私は考えます。
さて、このような「大ヒット」は人工的に作り出すことができるものでしょうか。
それとも様々な偶然が重なって自然に生み出されるものでしょうか?
答えはYesであり、Noです。
理論的には、大量の広告やPR露出により認知を100%近くまで高めることは恐らく可能です。
映画の場合で言えば、全国の映画館に作品を配給することで、配荷も100%近くまで高めることができるでしょう。
しかしながら、プリファレンスにはより複雑で相対的な要因や、偶然の要素が関与します。
他作品の状況、映画以外の娯楽の状況、作品のクオリティや口コミ、価格…などなど、挙げればキリがありません。
極端な例でいえば、たとえ『半沢直樹』の最終回であっても、同じ時間に日本人の金メダルがかかったオリンピック決勝戦が生中継されれば大幅にプリファレンスを落としてしまうでしょう。
それらの要件も全て考慮した上で「大ヒット」の確率を少しでも上げていく、ここにマーケティングの醍醐味と難しさがあるわけですね。
いかがだったでしょうか。
身の回りのプロダクトがなぜ売れたのか、売れなかったのか、考えるときの参考になれば幸いです。
最後に、皆さん既にお気づきのことと思いますが、Mr. & Ms. Catのメンバーは私も含め、映画やアニメが大好きなメンバーばかりです。
これからもカルチャーやビジネスなど、様々な観点から最新のエンタメニュースを取り上げていきたいと思いますので、ぜひ楽しみにしていてください。
それでは!
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